2011年5月17日火曜日

しもたま柔道&闘病日記-その20-

しもたま柔道&闘病日記-その20-
昨年の「ドーンを柔道選手にするぞ作戦」「ドーン早期育成計画(旧、吉備町には、同和対策で全国に名高い、『ドーン計画』というものがあり、その名称をお借りした)」は大成功で、新人ドーンは、たった2回の試合で早くも、折り返し地点の「5点」をゲットしてしまった!(昇段試合の一回目に111分けで15点。さらに二回目の試合で、31分けの負け無しで35点!)恵まれた長身の体。人一倍練習が熱心。うまくなるはずだ。明るいキャラクターで、道場の子ども達の人気者。皆が競うように、「ドーンさん、お願いします」と、練習を申し込む。誰もが、このペースでは、あと2回も試合に行けば初段になれそうだと思っていた。ところが、7月の試合では、21分け(05点)の散々たる結果だったのである。「体調でも悪かったのか?」みんな、耳を疑った。
ドーンさんによると、以前から試合中にビデオを撮影したりして、「ドーン対策」が研究されているらしい。小さな中学生は、大きなドーンさんにマトモに技をかけにかかっていくと、力でつぶされていた。あるいは、ドーンさんの方から振り回すだけで、崩れていた。そこで彼らはずうっと腕を突っ張って、こちらからは仕掛けず、「ドーンさんにつかまらない作戦」に出ているようなのである。そんなわけで、以前は余裕で勝てた女の子に、2度目にあたったときには、ずるずると堪えて、引き分けにされたという。
また、大柄な女の子と試合して、2回ともドーンさんが負けている。ドーンさんと同じような闘いのタイプで、ドーンさんはその女の子に技をかけに行っては2度とも返され、逆につぶされている。そして、苦手の寝技に破れ、押え込みで負けているのである。ドーンさんがこれまで子どもにしてきた、まさに同じ事を、試合でやられているのだ(彼女はくやしがりだから、くやしくてくやしくて、さぞかし腹が立っているだろうなあ)。
決してドーンさんが下手になったわけでも、努力しなかったわけでもない。3回の試合の間に、新しく「背負い投げ」を覚えたり、箕高の柔道部で修行してみたりとがんばってきた。苦手な寝技を克服するため、私と練習も積んだ(寝技では、まだなんとか負けずにいられる。年の功で!)。何が原因か?それは、大人から始めたため、同じレベルや体格の人との練習量が極端に少ないのだ(小中学生だけのクラブでは似たレベルばかりの練習が多く、逆にそれも弊害はある)。実際の試合では、ほぼ同じレベルで闘い、そのわずかな差の中でチャンスを作って、チャンスを目いっぱい生かさなければならない。ドーンさんは、普段、子どもには手加減して練習し、大人の男性とするときには逆に手加減してもらっている。その結果、無我夢中で練習してた最初のときと違い、柔道歴が長くなるにつれ練習にも余裕が出てきてしまい、本番の試合運びや、投げた後の身のこなしの、「詰め」がますます甘くなってしまうのである。
私もしかり。大人から始めたために、似たような練習相手や実戦の経験が足りなくて、苦労したからよーくわかる。その点は、ドーンさんも自覚しているが、一番問題なのはドーンさんの柔道観である。柔道は力比べで、自分が力で潰せる相手は、自分より柔道が下手。だから、“子どもよりも柔道を知っていて技が出来ている自分”は、“自分よりレベルの低い”子どもと練習してもあまりレベルアップにならないと思い込んでしまう。子どもと練習するとき、「子どもの技を盗んでやろう」「新しい技を試してやろう」ではなく、「手加減して相手になってやるか」と思ってしまう。「大柄な黒帯びの中高生よりも柔道のうまい小学生はいくらでもいる」ということを、ドーンさんは理解ができないのである。小さい頃から道場に通っている子ども達は、柔道らしい身のこなし、技にかけては、かなり上手い。にもかかわらず帯の色が若いのは、年齢と体格が若いためで、決して柔道が下手なためではない。
自分の力をより効果的に使って、大きな力(パワー)を得る柔道。相手の動きを利用して、自分の力(パワー)に利用、小さな者が大きな者を投げる柔道。そういったことを実感できるのは、体の小さな者の方が有利である。まともでは勝てないから、工夫が生まれる。小さい頃から柔道をしていると、大きな子ども達に揉まれて、自然と「小さい者」の立場を体験できる。長身のドーンさんさは、柔道をするには身体が恵まれているが、大人になって始めたため、大きい立場しか体験できない。勝つために筋力をつける方に向かってしまう。大きな体は技を極めるには、どうも不利らしい。大人には大人の練習メニューが必要だ。
ドーンさんはまだ若いし、他の武道の経験もあるので、きっと日本にいる間にパワーゲームばかりではない柔道の面白さを発見してくれることだろう。これからの成長に期待だ。

わたくし、菰池はこの半年何をしていたかというと、これまた、一口では語れない、長い物語があった。1月に靭帯損傷をして以来、本格的な柔道練習が、やりたくてもできないのである。とある合唱団にしばし入っていたのだが、それが不思議と柔道に結びついていくのだから、人の人生はおもしろい。昔から、何かをやることに意義がある。遠回りは無駄ではないと思っていろいろ広く浅くしてきたけれど、今回のように、まったく脈絡のなさそうな「合唱」と「柔道」がこんなに密接だったとは!手短に書くと、合唱が柔道マスターズ世界大会に大化けしたのである。もったいをつけておいて悪いが、くわしくは次回のしもたま柔道&闘病日記その2122に書かせていただだく。この夏は、ドーンさんが日本で過ごす最後の夏だ。来年の夏には、カナダに帰ってしまう。来たばかりで親しくなったとたんなのに、早いものだ。それで、日本の夏祭を見てもらおうと、広川町や湯浅町のお祭に一緒に行こうと誘った。和歌山市の県民文化会館まで車で行って、津軽三味線のコンサートにも、出かけた。和楽器の響きが好きらしい。広川町では、昔ながらの神社の前のこぢんまりとしたお祭りだったが、舞台で本格的なフラメンコや、子ども達の和太鼓が行われ、ドーンさんは夢中になって魅入っていた。月末には、湯浅のサンバ祭、花火を見る予定だ。ドーンさんの新しい湯浅のアパートからは、花火がとても綺麗にみえることだろう。帰るまでに、日本の良いところをたくさん見ておいて欲しいと思う。そして、カナダで日本語を教えるときに、子ども達に本当の日本を伝えて欲しいなと思う。日本は、経済ばかりではないのだから。

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