2011年5月28日土曜日

しもたま柔道&闘病日記その36

角谷整形外科には優秀なスポーツリハビリのトレーナーがいる。西林さんだ(今は結婚なさって名前は変えられた)。彼女には、入院中から相談に乗ってもらい、かなりお世話になった。しかし、その実力を買われ、大阪の専門学校の講師として就職してしまった。4月以降もう、角谷でスポーツリハビリを教えてもらえないと悲しんでいたら、彼女はまだ辞めていなかった。週に2日だけ角谷に来てくれている。スポーツトレーナーの仕事はまだ、和歌山ではメジャーではない。理解者が少なく、苦労が多いと聞く。スポーツ科学を熟知したトレーナーが、病院で指導してくれるおかげで、一部のトップアスリートばかりではなく、今では普通の中高生でもその恩恵を受けられるようになった。トレーナーは理学療法士よりいっそう医師に近い職種であると思う。選手一人一人にあったメニューを豊富な知識や経験から選んで処方する、知的な仕事である。
私は以前、ひざの内視鏡検査で、たかが1週間の入院で、スポーツ復帰に6ヶ月もかかってしまった。その苦い経験から、日常生活とスポーツレベルのあいだに横たわる“崖”の険しさを良く知っている。それは、岩登りというより沢登りに近い。自分で登れそうなルートを見つけつつ、どろどろのもろい崖を、泥んこになってはい進むような感触である。簡単に直登、または高巻く人もいれば、あるいは行き止まりに泣き、やがてあきらめて引き返す人も出てくる。昔の私はこの譬えでいえば、手探りで高巻きをし、すぐにひっこぬけそうな草木をにぎりながら、何度も壁からずり落ちたために時間がかかったといえる。どろかべに慣れているかの経験が物を言う。トレーナーがいてスポーツリハビリをうけるということは、安全なロープをつけながら、セカンドで沢登りしているのに等しい。登るのは選手自身だが、科学的に計算された手順や器具で、確実安全に目的のレベルまで引き上げてもらえる。
しかし、多くの中高生は、スポーツ科学とは無縁の世界をさ迷う。コーチの多くが、退院するとさっさと競技復帰させてしまうからだ。さっきの滝のたとえ話しでいくと、「ロープ無しで根性で、滝を直登しろ」と言うのと同じだ。 “屋内の”難しい岩壁をのぼってきた技術ある子供たちは、人工壁の気軽さで、コーチの言うがままに傾斜のやさしくみえる“自然の”滝の直登を試みてしまう。実力があって、あるいはたまたま本当にゆるやかな滝で、直登できてしまう子も多い。しかし不運な子どもは、コーチの言葉通りチャレンジしようとして濡れた岩で手足を滑らせ、確保の無いまま滑落していく。つまり、競技から脱落し、そのまま一生怪我を抱える子どもも少なくない。自分で物を考えられる頭のいい子供は、コーチのいうことを無視してマイペースに滝を高巻くこともある。その子達は、コーチの言うことを聞かない練習をさぼるやつだと勘違いされてしまう。最悪の場合、スポーツクラブから見捨てられる。スポーツトレーナーの西林さんの悩みの種は、こういった自分の身を守るすべの無い子ども達に、どうやってリハビリを続けさせるかということだ。大人の意識がまず変わるしかない。しかし、大人の頭は固く、道のりは厳しい。
私は、4月から7月のあいだ、理学療法士のみ指導を受け、トレーナーの指導は受けてこなかった(理学療法士のYが、私にはまだ早すぎると言って、受けさせてくれなかった)。それで、またもや日常生活とスポーツレベルのあいだに横たわるいやらしい“崖”に直面することとなった。なにか、別の手を打つ必要があった。このままでは、柔道復帰どころか、1112月のみかん仕事復帰もあやうい(柔道場にもどったら、柔道にいっそう近づけると思っていたが、逆に「おあずけ」をくらっていた)。私は、再び柔道場に通うのを辞め、体の感覚をつかめる、そして筋力のつくことを始めることにした。対戦式格闘技ではなく、どちらかというと柔道の「形(かた)」にちかい、クラシックバレエである。ただ、カナダ人ドーンさんの帰国が8月に迫っていたので、7月までは道場に通い、バレエのほうは8月から始めることにした。
角谷では、理学療法士Y氏が転勤し、私の担当は4人目にして最も優秀なK先生にかわった。正直言って、どうせ替わるなら、もっと早く替わって欲しかった。そうすれば、海南に移ることもなく、例の「魔の2週間」を味わうことなく済んだのだ(「魔の2週間」については、その10を参照のこと)。医師とK氏にそれぞれ、「柔道やめて、とりあえずバレエを始める事にしました」というと、口を揃えて「バレーですか(球技のやつ)」と言った。その後でダンスのほうだと知るやいなや、お二方とも息を詰まらせたようにのけぞるのだ。
むかし柔道していた子が、何十年経っても体で柔道を覚えているように、私の体はバレエを覚えてくれているはずだった。新しいスポーツではないので、何をやったら膝にくるか、他の競技よりもよくわかっている。バレエを選んだのは、ただたんに“昔取った杵柄”というばかりではない。太極拳や空手をやっている方はご存知だと思うが、格闘技の形と舞踊には共通点が多い。昔、武術を禁止された琉球の人が、舞踊だと称してこっそり形の練習をしていたと聞く。以前、お笑い番組で、意外な人が意外な体験をするシリーズがあり、漫才師や空手家がクラシックバレエをかっこよく踊るというものがあった。一番美しく優雅に舞ったのは、2枚目の俳優でも、器用な漫才師でもない、筋肉隆々で髭づら無骨の空手家(最近、総合格闘技の審判をしている)であった!ダンスは「ゆっくりとした膝の屈伸(ひざの筋トレ)」、「美しいフォームのバランス」、「開脚(ストレッチ)」、「音楽に合わせたステップ(敏捷性)」の四重唱。まさしくスポーツリハビリなのだ。筋力測定とリハビリのようすは次号に続く。

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